こちらのコンテンツでは、子供に「論語」を紹介する「こども論語塾」講師の安岡定子さんについて紹介しました。
 
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子供が「論語」を読むことに異論を唱える大人は少ないでしょうが、何らかの「成果」が欲しい親御さんには、あまり魅力的には見えないかもしれません。
 

「論語」を学ぶ意義とは?

論語を学んでも、資格を取れるわけではありません。何かが上達したり、技術が身につくわけでもないでしょう。この点について安岡さんはこのように語っています。

お稽古ごとのように、目に見える成果はありませんが、学んだ論語は心の奥底に蓄積していきます。
 
すると困難に直面したり、悲しいことが起きたときに、「論語」の教えが浮上してきて大きな支えになってくれるはずです。
 
「論語」には、人間として生きる上で大切なことがちりばめられています。子供時代にこそこれらに接し、吸収しておいてほしいのです。

管理人にも論語が残っている

管理人も学校で論語を習いました。あの独特のリズムというか、調子の心地良さは、確かに心の深いところに残っている気がします。
 
「子曰く~」から始まる全文を覚えているわけではありませんが、その教えというか、コアになる部分は「ことわざ」のように記憶しているのです。
 
例えば
 
「義を見て為さざるは、勇なきなり」
「学びて思わざれば則ちくらし、思いて学ばざれば則ちあやうし」
「巧言令色、鮮なし仁」
「徳は孤ならず必ず隣あり」
「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」
「過ちを改めざる、これを過ちという」

 
などは、すでに特別な知識ではなく、ほとんど常識のように身につけている方も多いのではないでしょうか。
 
そしてこれらは確かに、子供が吸収する価値のある教えばかりです。興味のある方は、子供に論語を教えてあげるのも良いのではないでしょうか。
 
 
このへんは親御さんの価値観で違いがありますし、「そのうち学校の漢文の授業でも習うから子供には他の習い事を」という考えももっともです。
 
しかし管理人個人的には、感性が鋭敏な幼少期に、「論語」に全く触れないのはもったいないと感じます。
 
もしかすると、幼児期に英語を習うよりも「論語」の素読を優先させるべきかも、とまで考えています。