教育に熱心な親御さんは、子供にピアノを習わせていることが多いのではないでしょうか。
 
習っているうちに子供さんが上達し、
 
「うちの子にはピアノの才能があるのかも?」
「本格的にやらせてみようかな」

 
と考える方もいるかもしれません。


ピアノに限らず、学習でもスポーツでも「才能があるかどうか」は気になるものです。

現在は子供さんの才能を遺伝子検査で調べるサービスもあり、先天的な「向き・不向き」を知ることができます。
 
とはいえ管理人としては、才能があるかどうかは、しばらくやってみないとわからないと考えています。
 
 
というのも、ピアニスト・下山静香さんの本「裸足のピアニスト」に、こういう言葉があったからです。
 
 
「ピアニストは30歳からが勝負です」
 
 
これは下山さんの師である作曲家・末吉保雄氏の言葉です。
 
下山さん自身が「30歳から」だったと自覚していて、そこから人生にも音楽にも大きな変化が訪れました。
 
 
もしかしたら、30歳まで目立った成功をしていないと「才能がない」と評価されてしまうかもしれません。
 
しかしそれは、下山さんの言葉を借りれば「それぞれの人生のバイオリズムですから、正解などない」のです。
 
そもそも何をもって「才能がある」とするのかあやふやなのですから、とりあえずはしばらくやってみないとダメではないかと。

人から「才能がある」と言われることの意味

なんとなくつかみどころのない話になってしまいましたが、「才能」について管理人が「これは間違いない」と強く感じることがひとつあります。
 
それは
 
「君は才能がある」という言葉は子供の支えになる。
 
ということです。
 
これは多くの方に賛同して頂けるのではないでしょうか。
 
こちらも下山さんの「裸足のピアニスト」に、わかりやすいエピソードがありました。
 
下山さんが藤井一興氏から「リサイタルをやってみないか」という提案を受けた場面です。

「あなた、ぜひリサイタルをやりましょう!」
 
リサイタル・・・。そんなことは夢にも考えていなかった私は、本当に驚きました。
 
私にそんな大きなことができるのかしら・・・。即答できず、ちょっと不安そうにしていた私の背中を押すように、
 
「大丈夫、あなたには才能があります」
 
と、おっしゃったのでした。
 
今、信じられない言葉を聴いた、と思いましたが、誰にも評価されないのではと思っていた自分を初めて認めてくださった先生のこの言葉は、私が頼れるたった一筋の希望になりました。そして、この言葉を信じて、光がさしてくる方向に向かって行こう、と思ったのでした。

どう控え目に見ても、下山さんは「ピアノの才能がある人」といって間違いないはずです。
 
そんな下山さんですら、誰かから言われるまで自分の才能を自覚できず、言われて初めて「一筋の希望」となる。これは人の人生において極めて大きな出来事です。
 
 
管理人も、ある人から似たようなことを言われ、その言葉が心の支えになっています。
 
誰に言われるかは問題かもしれませんが、実際に才能があるかどうか(≒成功するかどうか)はしばらくやってみないとわかりません。
 
それならば、「才能がある」と励まして、持続するモチベーションを高めてあげるのも大いに意味があるのではないでしょうか。
 
 
才能に関してはこちらにもコンテンツを作っています。
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